さりげないバリアフリーデザイン

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「さりげなさ」について、
一緒に考えてみます。

「さりげない」とはどんなことでしょうか。

 

 

少し極端な例になりますが、
「仕事で落ち込んでいる人を励ます」

というシーンを思い浮かべてみましょう。

落ち込んでる人がいて、
周りにも他の人が一緒にいるときに、
「元気かい? 大丈夫だよ。気持ちを切り替えて頑張ろう」
というのと

落ち込んでる人がいて、
周りには誰もおらず、一人でいるときに
「元気かい? 大丈夫だよ。気持ちを切り替えて頑張ろう」
というのと

どちらが「さりげない」という印象を持ちますか?

後者ですよね?

 

 

では、「励ました人」への周りの評価について、
フォーカスしてみましょう。

 

大勢の人がいる前で、励ましたら、
「あの人、落ち込んでる人を励ましてる。良い人だな!」
という印象を持つでしょう。
そして「良い人」の印象が伝わるスピードが、速いです。
なぜなら、その場に大勢の人がいて、その瞬間を見ているわけですから。

 

しかし、誰もいないところで励ました場合どうなるでしょう。
「あの人、落ち込んでる人を励ましてる。良い人だな!」
とはなりません!
なぜなら、そこに誰もいないからです。
励まされた人だけが、感じることでしょう。
「この人 良い人だな」と。

これでは、「良い人」印象が伝わるスピードが遅いですね。
遅いどころか、誰にも伝わらない可能性もあります。

 

しかし、実はこれで終わりません。

おそらく、あなたも経験があるでしょう。

そう!励まされた人は、
仲のいい人に、この出来事を話します。
話を聞いた人は、何を思うでしょうか??

正解は、「あの人、さりげない!!!」です。

なぜでしょう。
同じことをしているはずなのに、

 

・「自分自身」が、自分のやったことを伝えるのと、
・「第三者」が、その人のやったことを伝えるのでは、
印象が全然違います。

 

これは、マーケティング手法としても
多く使われる手法ですが、

信頼度は、
自分がいうより、
他人に言わせたほうが高まります。

 

だから自分のやった良いことは、
自分でアピールせず、
第三者にアピールさせるんです。

 

これが、「さりげない」が生み出す、一つのメリットです。

 

もちろんここで話は終わりません。
ここからが本題です。

なぜ私が、
ユニバーサルデザインコーディネーターとして、
この「さりげなさ」を題材にしたかというと、

この「さりげなさ」が、
「無意識に生み出す差別」が発生するのを未然に防ぐことができるからです。

 

今、焦点は、
「さりげなく」落ち込んでる人を励ました人においていますが、

私が焦点を置きたいには、「落ち込んでた人」です。

 

説明します。

 

落ち込んでいた人が、
「他の人たちが見ている前で励まされること」は、
他の人たちに、
「落ち込んでいたことが知られる」ということになります。

これは、周りの人たちからのレッテルを張られる隙を与えたことになります。

「あの人は、仕事で失敗すると落ち込む」
というレッテル。

周りの人たちは、その仕事のプロかもしれませんが、
同僚の正しい精神状態を理解し、フォローできるプロではないのに、
なんとなく気を使ったほうがいいだろうと、
知識もないのに、その人に対して、何かしらの対応をしようとします。
それが、「あの人は、仕事で失敗すると落ち込む」というレッテルをはり、
それに対しての対応をします。

理由は簡単です。
楽だからです。

 

車いすユーザーにはスロープ
視覚障がい者には点字ブロックのように
「仕事で失敗すると落ち込む」人には、気を使う

みたいに、簡単な計算式で置き換えて、
そこにかかる自分の負担へ減らします。

しかし、気を使われることが、
本人にとって良いことがというと、そうとも限りません。

 

仕事の現場において、
「仕事で失敗すると落ち込む」
というレッテルを張られることは、
「失敗を経験して、次のステップへ進む」という種類の仕事を
任せてもらえないことになります。
仕事の幅が狭まります。

 

たった一度、仕事で失敗して、
落ち込んでいただけなのに、
それを良かれと思って励ましたのに、
まるで弱者扱い。
あの人には、大きな仕事を任せられない。

とレッテルがレッテルを重ねていき、
やりがいも得にくくなります。

 

これは本人だけが悪いのでしょうか?

本人にそういう思いをさせた周りも十分悪いです。

そして一人の仕事人のパフォーマンスを、組織として下げてしまったことになります。

 

これが無意識の差別が生み出す、
負のスパイラルです。

 

この場合は、
知識の無い周りの人間に「その人に気を使う」という回答を与えるのではなく、

「仕事に失敗して落ち込んだ理由」を探るべきです。

落ち込んだ理由は様々です。

・上司に期待されていたのに、失敗してしまって、
 もう次の仕事を任せてもらえないのではないかと怖くて落ち込んでいた
・取引先に迷惑をかけてしまったことが気がかりで、暗くなってしまった。
・落ち込んでるように見えるだけで、実は落ち込んでない

ぱっと考えただけでも3つでできました。

・「上司に期待されていたのに」という理由なら、
職場の環境が彼をそうさせたわけなので、そこにメスを入れて、
改善すればいいんです。

・「取引先がきがかり」なら、
取引先にリベンジできるような仕事を振れば、
チャンスをもらえたことと、
成功したことに対しての自信がつくでしょう。

・「落ち込んでるように見える」だけなら、
正直何もしなくていいでしょう。

 

 

ここまでくると、話がもう分かると思うんですが、
みんなが見てる前で
「元気かい? 大丈夫だよ。気持ちを切り替えて頑張ろう」 
という言葉が、いかに軽く、
なんの解決にもなっていないことがわかる上に、
周りからの無用なレッテルを張られることを容認していることになります。

 

 

励ますにも、技術がいるということです。

 

 

これは本人のやる気次第という言葉が飛んできそうですが、
誰かの上に立つ以上、
「本人が頑張ればいい」という解説策は、
なんの解決にもなっていません。

 

落ち込むにも理由があります。
理由に応じて、次の策を考えれないようでしたら、
人のマネジメントは、しないほうが良いでしょう。

 

 

 

ユニバーサルデザインの世界では、
過去に比べて、
より良いものを作っていくという
姿勢や技術が重要になりますが、

何が悪いもので
どうすればよくなるのが

当事者に聞いても、
答えが出ないことが
よくあります。

 

 

バリアフリーの考え方は大好きです。
今までできないことが
できるようになるデザインであるから、
非常に有益です。

しかし、
バリアフリーの嫌なところは、
露骨だからです。

見るからに、
健常者にはできないことを
補ってあげている感じが
嫌です。

「あの人は
バリアフリーがないと
何もできない人」
というレッテル、
無意識の差別を生みやすいのも
バリアフリーの側面です。

 

 

そのため
さりげないバリアフリーというのは、

≒ ユニバーサルデザインと言えます。

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